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いつもおだやかな笑顔で人を迎えてくれたSr.益子が天国へ

2017.11.19


Sr.益子

シスターマリア・フィデーリス益子美智江が、11月16日の夕方、東海大学大磯病院で息を引き取り、御父のみもとに召されました。82歳でした。

シスター益子は、東京で生まれました。お父様の死をとおして無力感と空しさを感じ、信仰に惹かれるようになったとき、彼女の心をとらえたのが聖パウロ女子修道会の1枚のパンフレットでした。こうして信仰に導かれ、1957年、この乃木坂の本部修道院聖堂で洗礼を受け、翌1958年12月、聖パウロ女子修道会に入会しました。

Sr.益子は、書院で働き、普及分野で活躍しました。終生誓願宣立後は広島支部で山口・福山・岡山・松山・高松の書院を担当し、その後、大阪支部では書院と団体宣教に携わりました。1979年5月に16ミリフィルム『インドの星マザー・テレサとその世界』が完成すると間もなく、10月にマザー・テレサがノーベル平和賞を受賞されます。このころ、Sr.益子は、仲間のシスターとともにマザー・テレサの映画上映に走り回りました。上映を呼びかけ、学校ばかりでなく、ライオンズクラブなどでも上映しました。

1984年からは東京に移り、月刊誌「あけぼの」の普及、ミニメディア制作に携わりました。その後長崎での訪問宣教を経て、大阪支部を経て1999年には再び東京に戻りました。その後少しずつ健康に問題が出始め、2013年からは施設で生活しました。

Sr.益子 Sr.益子


Sr.益子 Sr.益子


Sr.益子 Sr.益子

Sr.益子は、温厚で、言葉遣いもていねいで、だれにも親切で温かく接し、共同体の目立たない潤滑油のような存在でした。その彼女が修道生活をとおして抱いていた「確信のような思い」は、修道生活に招いてくださった神が必ず配慮してくださるとということです。これが彼女の「感謝と喜び」となっていました。

今は、病気との長く苦しい闘いを過ぎ越し、御父のみ手のうちで この確信を目の当たりにし、感謝と喜びにあふれておられることでしょう。


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