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どうしてシスターに?
シスター マリア・ジェネローザ 脇田晶子
こんな 私でも
何年かまえに、わたしは『ふり向けば恵みの軌跡』という東敦子さんの自伝編集にかかわりました。生涯をふり返って、そこに神さまの恵みの軌跡を見ることは、本当はだれにとってもできることです。
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わたしの修道院生活ももはや五十年をすぎましたが、ものごころつくころからの歩みが一つ一つここに向けられていたという思いを深くします。就学まえにわたしの体験した二つの死……若い兄の死を嘆き悲しむ母の姿と、一年後にその母の突然死の姿とは、幼いわたしに一度かぎりの人生の意味を教えたと思います。
そして「母のない寂しい子」が文学におぼれ、ひっそりと何かしら文章を書き……、戦中と敗戦時の思想的混乱を経ながら、ふいにカトリックの信仰に恵まれたのでした。
聖書を手に入れたときの喜びは、あんなに夢中だった世界の文学書もすっかり色あせる感じでした(実はマタイの冒頭もヨハネの冒頭もさっぱり理解できなかったのですが)。小さいテレジアの自叙伝は、なんと新鮮に、心を打つものだったでしょう。
こんなわたしでも、主は修道生活にお呼びくださらないだろうか?
この対人恐怖症や引っ込み思案な性格で宣教活動なんてできるだろうか、信仰の喜びを人びとに伝えたい気持ちはやまやまでも・・・。
そんな思いの日々に、またふいに、聖パウロ女子修道会の活動を知らせるパンフレットに出会ったのです。
創立者は言っていました。「印刷機でみ言葉をどんどん増やし、人びとに届けよう!」当時まだほとんど出版だけでしたが、創立者の頭にはすでに、新世紀に発達するであろうさまざまなコミュニケーション・メディアの夢があったのです。この修道会の召命を知ってからは、もうまっしぐらでしたね。「神さま、呼んでくださ~い! 」と、祈って祈って。さて、半世紀の年月が流れて、今の思いは、「わたし自身はいたらなかったけれど、やっぱり神さまが決めてくださった場だった。よかったなあ」ということに尽きます。
● 『キリストの使徒パウロ』や『旧約聖書物語』、『新約聖書物語』、『キリストさま』、『マリアさま』、『イエスさまがうまれた』(いずれも女子パウロ会)など多くの女子パウロ会作品の著者です。